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東京地方裁判所 平成6年(ワ)16082号 判決

原告

渡邉久衛

原告

山崎武次

原告

江藤哲夫

右三名訴訟代理人弁護士

阿部裕行

右訴訟復代理人弁護士

上本忠雄

被告

東京商工会議所

右代表者会頭

稲葉興作

右訴訟代理人弁護士

竹内桃太郎

木下潮音

主文

一  被告は、原告渡邉久衛に対し、金四四万〇二六九円及びこれに対する平成五年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告渡邉久衛のその余の請求並びに原告山崎武次及び原告江藤哲夫の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告渡邉久衛に生じた費用の四〇分の一と被告に生じた費用の八〇分の一を被告の負担とし、原告渡邉久衛に生じたその余の費用並びに原告山崎武次及び原告江藤哲夫に生じた費用はそれぞれ各原告が負担し、被告に生じたその余の費用は、各三分の一の割合で、原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告渡邉久衛に対し、金一八二三万〇三二二円及びこれに対する平成二年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告山崎武次に対し、金五五五万二〇〇〇円及びこれに対する平成四年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告江藤哲夫に対し、金七六八万三〇〇〇円及びこれに対する平成六年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通職員(事務局の一般職員)と異なる労働条件の経営指導員として職種を限定して被告に雇用された原告らが、被告が行った普通職員(事務局の一般職員)と経営指導員との身分及び労働条件の一体化に伴い、普通職員(事務局の一般職員)の退職制度の適用を受けることになり、定年退職したが、その際に算定された退職給与金が、その一部を構成する退職年金が退職年金規程どおりに算定されなかったため過少となり、退職時に支給されるべきであった一時金に不足を生じた等として、その支払を請求する事案である。

一  争いのない事実等(争いのない事実のほか、証拠により認定した事実を含む。認定の根拠とした証拠は各項の末尾に挙示する。就業規則等の内容を引用するときは原則として原文のままとしたので、例えば、一八頁の「切捨て」と「切り捨て」のように、用語に不統一が生じている場合がある。)

1  各原告の雇用及び退職

(一) 原告渡邉久衛(以下「原告渡邉」という。)は、昭和三七年五月一四日、被告に経営指導員として雇用され、平成二年九月一一日、被告を退職した。

(二) 原告山崎武次(以下「原告山崎」という。)は、昭和三六年七月一日、被告に経営指導員として雇用され、平成四年八月五日、被告を退職した。

(三) 原告江藤哲夫(以下「原告江藤」という。)は、昭和四〇年一〇月一日、被告に経営指導員として雇用され、平成六年三月一八日、被告を退職した。

2  経営指導員に適用されていた法的規範としての就業規則

(一) 経営指導員は、商工会議所中小企業相談所において経営指導の業務を行うが、被告の従業員のうち普通職員(事務局の一般職員、以下「普通職員」という。)とは、適用される就業規則、給与規則が異なり、労働条件が異なっていた(東京商工会議所就業規則〈証拠略)二条一項、三項)。経営指導員には東京商工会議所経営指導員就業規則(〈証拠略〉)及び経営指導員給与規則(〈証拠略〉)が適用され、経営指導員の退職金は、被告が財団法人全国商工会議所共済会と退職年金共済契約を締結し、納付すべき掛金を全額負担し、この退職年金共済契約に基づく給付金をもって経営指導員に対する退職金に充てることとされていた(東京商工会議所経営指導員就業規則二二条、経営指導員給与規則一四条)。

(二) (一)に述べたことに関する就業規則等の内容は次のとおりである。

(1) 東京商工会議所就業規則(〈証拠略〉)

一条

東京商工会議所事務局員(以下「局員」という。)の就業に関する規定は、法令で定められるもののほか、この規則の定めるところによる。

二条一項

この規則において局員とは、次のものをいう。

(1) 普通職員

(2) 特別職員

(3) 経営指導員

(4) 嘱託

二条三項

経営指導員とは、商工会の組織等に関する法律(昭和三五年法律第八九号)による経営改善普及事業に従事するものをいい、就業規則は別に定める。

(注)なお、商工会の組織等に関する法律は、平成五年五月法律第五一号によって題名が商工会法に改められている。

(2) 東京商工会議所経営指導員就業規則(〈証拠略〉)

二二条

指導員の賃金、退職給与金その他の給与の決定、計算及び支払方法、締切及び支払の時期並びに昇給に関する事項は別に定める。

(3) 経営指導員給与規則(〈証拠略〉)

第六章 退職給与金

一四条一項

商工会議所は、指導員の退職後の生活安定に資するため、財団法人全国商工会議所共済会(以下「共済会」という。)と退職年金共済契約を締結する。

一四条二項

前項の共済会に納付すべき掛金は、全額本商工会議所が負担する。

一五条

在職中功績特に顕著な者に対しては、前条の規定にかかわらず、退職一時金を加算することができる。

3  被告の普通職員と経営指導員との身分及び労働条件の一体化

(一) 被告は、昭和六〇年四月一日をもって普通職員と経営指導員の身分及び労働条件の一体化を行った。

(二) 被告と東京商工会議所経営指導員労働組合とは、昭和六〇年五月一五日、「一体化についての確認書」(〈証拠略〉。以下「一体化確認書」という。)を取り交わした。これにより、昭和「六二年度を目途に新退職金制度を検討・実施する」が、経営指導員で新退職金制度の実施までに退職する者については、普通職員に適用される「現行規程を準用する」ことが合意された(一体化確認書1、(5))。

一体化確認書は、普通職員と経営指導員の身分及び労働条件の一体化に伴い、被告と東京商工会議所経営指導員労働組合との間で労働条件を合意したものであり、労働協約の性質を有する。

(三) 新退職金制度の導入が遅れているため、経営指導員であった者についても、現在まで普通職員に適用される現行の規程、すなわち、給与規程と退職年金規程により退職金の支給が行われている。被告は、前記一体化の効力が過去に遡及することを避け、一体化後の勤続による増加分のみを計算するため、経営指導員であった職員の退職給与金から一体化差額を控除する調整を行っている。その根拠は給与規程附則(昭和六〇年四月一日)二項であり、被告は、この規定を適用して、昭和六〇年三月末日までに経営指導員として採用された者については、昭和六〇年三月末日に退職したと仮定し、普通職員に適用される給与規程一四条所定の退職一時金と退職年金規程一〇条所定の退職年金一時払金を合算した金額から全国商工会議所職員退職共済制度に基づく退職年金選択一時金を差し引いて両者の差額を算出し、退職時に算定する退職給与金額からその額を差し引いた額を退職給与金として支給している。

なお、東京商工会議所経営指導員労働組合は、平成九年三月三一日をもって解散したが、これに先立ち、被告との間で同年三月二五日付けで覚書(〈証拠略〉)を取り交わし、解散後の東京商工会議所経営指導員労働組合の組合員の処遇について、「ベア、賞与等については、東京商工会議所職員組合との妥結結果に準拠する」こと、「新退職金制度について引き続き協議する」こと等を取り決めた。

(〈証拠略〉)

4  給与規程及び退職年金規程

原告らの退職当時における被告の給与規程及び退職年金規程の退職給与金に関する規定は次のとおりであった。

(一) 給与規程(昭和三八年七月一日制定、昭和六〇年四月一日改正のほか数次にわたって改正、平成二年四月一日最終改正。〈証拠略〉)

二条

局員に支払われる給与は、俸給、手当及び特別給与金とする。

三条

局員の給与は、特に定めるもののほか、月俸制とする。

四条

一項

一般局員には別表第一に定める給与表による第一本俸を定め、また別途第二本俸を定めてその合計額を俸給として支給する。(この項は以下略)

二項

新たに給与表の適用を受けることとなった者の俸給は、学歴、職歴、経験、技能、年齢及び他の局員との均衡を勘案して定める。

一二条

局員が満一カ年以上勤続して退職したときは、退職給与金を支給する。(この条は以下略)

一三条

退職給与金は、次条に定める退職一時金及び退職年金規程(昭和三八年七月一日)に基づく退職年金等(中略)の二種類とする。

一四条

退職一時金は、最終の俸給(第一本俸及び第二本俸)の六割に次の率を乗じ、これに勤続月数を乗じた額を支給する。

((1)から(3)まで 略)

(4) 勤続二五年以上のものは一〇〇〇分の八七

附則(昭和六〇年四月一日)

二項

昭和六〇年三月末日までに経営指導員として採用された者については、昭和六〇年三月末日退職したと仮定し、旧退職金規定に基づく退職金額と職員適用の退職金規定に基づく退職金額をそれぞれ計算して両者の差額を算出し、退職時に算定する退職給与金額からその額を差し引いた額を退職給与金として、支給するものとする。

三項

経営指導員給与規則(昭和三五年一一月一日)は廃止し、本規程を適用する。(以下略)

(二) 退職年金規程(昭和三八年七月一日制定、昭和三九年一二月一七日、昭和五六年四月一日改正、〈証拠略〉)六条(給付の種類)

この規程による給付は、次のとおりとする。

(1) 退職年金

((1)から(3)まで 略)

七条(退職年金の受給資格)

退職年金は、加入期間一五年以上の者が、加入者の資格を喪失したとき、その者に支給する。

八条(退職年金の支給期間)

退職年金の支給期間は、前条により退職年金を受ける権利を取得した者について、次の各号に該当する日の属する月の翌月から一五年保証付終身とする。

(1) 満六〇歳以前に加入者の資格を喪失した者については、満六〇歳に達した日

(2) 満六〇歳を超えて加入者の資格喪失した者については、当該資格を喪失した日

九条(退職年金の月額)

一項

退職年金の月額は、次の算式により計算される金額とする。

平均標準給与月額×乗率

二項

乗率は、加入期間一五年の者については一〇〇〇分の二〇〇、以後加入期間一年を増すごとに一〇〇〇分の二五を加算し、一〇〇〇分の六〇〇をもって限度とする。

一〇条(退職年金の一時払)

第七条により退職年金を受ける権利を取得した者が、当該年金の一時払を希望した場合は、保証期間又は残存保証期間の年金現価相当額をその者に一時に支払う。

三二条(標準給与月額)

一項

この規程において、標準給与月額とは、会議所の給与規則による毎年七月一日現在の俸給月額(中略)につき、五〇〇円未満の端数は切捨て、五〇〇円以上一〇〇〇円未満の端数は一〇〇〇円に切上げた金額をいう。

二項

前項により決定した標準給与月額は、その年の七月から翌年の六月までの各月の標準給与月額とする。

三三条(平均標準給与月額及び年額)

一項

この規程において、平均標準給与月額とは、加入者の資格を喪失した月及び当該資格を喪失した月から起算し、引き続く過去四回の応答月の各標準給与月額の平均額につき五〇〇円未満の端数は切り捨て、五〇〇円以上一〇〇〇円未満の端数は一〇〇〇円に切り上げた金額をいう。ただし、(以下略)

二項

この規程において平均標準給与年額とは、前項により決定した平均標準給与月額を一二倍にした金額をいう。

三四条(加入期間の計算)

加入期間の計算は、加入した月から加入者の資格を喪失した月までとする。ただし、一年未満の端数月は、定年退職の場合及びこれに準ずる場合はこれを切上げ、その他の退職の場合はこれを切捨てる。

三七条(細則)

この規程の実施に伴う細則は、別に定める。

5  全国商工会議所職員退職共済制度に基づく年金

従前経営指導員の退職金は全国商工会議所職員退職共済制度によって賄われていたが、被告は、昭和六〇年四月一日の一体化後もこの制度から脱退したわけではなく、同日以降も引き続き共済会に掛金を払い込んでいる。経営指導員で全国商工会議所職員退職共済制度の適用を希望する者については、同共済制度に基づく年金を選択することが可能となる制度とされている。

原告らは、いずれも同共済制度での年金の受給を選択した。

6  原告渡邉に対する退職給与金

(一) 被告は、原告渡邉に対し、平成二年九月一一日、その定年退職に当たって、「退職給与金として金一三六二万九〇〇〇円を給する」との給与辞令(〈証拠略〉)を発した。この給与辞令に記載された金額は、次のとおり、給与規程一四条所定の退職一時金と退職年金規程一〇条所定の退職年金一時払金を合算し、勤続二〇年以上の者に対する特別功労金の加算と六〇歳定年選択による割増をした金額から一体化差額を差し引きして、一〇〇〇円未満を切り上げて算出した金額である(〈証拠略〉)。

(1) 退職一時金 七四五万七二九二円

原告渡邉の退職時の俸給月額四七万六二〇〇円の六割に、同原告の勤続年数二八年五箇月に対応する退職一時金乗率の上限値一〇〇〇分の八七を乗じ、これにさらに勤続月数の上限三〇〇箇月を乗じて算出した金額である。

(2) 退職年金一時払金 七一八万五九四八円

退職年金の保証期間の年金現価相当額である。

原告渡邉の退職前五年間の七月の本俸の平均一二万一一〇〇円の五〇〇円未満を切り捨てて求めた一二万一〇〇〇円が平均標準給与月額に当たるものとし、これに一二を乗じて求めた平均標準給与年額に、原告渡邉の退職時の年齢六〇歳に対応する年齢別乗率九・四二六七と退職年金加入期間二八年(被告は原告渡邉の勤続年数の一年未満の端数月を切り捨てて加入期間を二八年としたが、退職年金規程三四条によれば、加入期間の計算は、一年未満の端数月は、定年退職の場合及びこれに準ずる場合はこれを切り上げることとされている。)に対応する加入期間別乗率〇・五二五とを掛け合わせて得た数値の小数点四位以下の端数を四捨五入した算出乗率四・九四九を乗じて算出した金額である。

(3) 特別功労金 四三万九二九八円

勤続二〇年以上の事務局員に対する退職金の上積みである。

原告渡邉の場合、退職一時金と退職年金一時払金の合計額の三パーセントに相当する金額が加算された。

(4) 六〇歳定年選択のための割増金 三七七万〇六三五円

経営指導員であった事務局員の中には定年を六五歳と定めていた者がいたが、昭和六〇年四月一日の普通職員と経営指導員の身分及び労働条件の一体化の際に、経営指導員であった事務局員の希望により六〇歳定年を選択することができることとなり、これを選択した者に対しては、昭和六〇年三月三一日時点の年齢に応じた退職金割増率により退職金が割り増しされることとなった。

退職一時金、退職年金一時払金及び特別功労金の合計に、原告渡邉の昭和六〇年三月三一日時点の年齢五四歳に対応する退職金割増率二五パーセントを乗じた金額である。

(5) 一体化差額 五二二万四五三一円

3(三)のとおりの方法で算出された金額である。

(二) 原告渡邉に対する前記の退職給与金一三六二万九〇〇〇円は、給与辞令上の金額であり、支給の原資を示すものであって、実際の退職金の支給は一時金と退職年金とで行われる。

原告渡邉は全国商工会議所職員退職共済制度に基づく年金を選択した。全国商工会議所役職員退職年金共済制度規約(〈証拠略〉)三三条の二所定の退職年金選択一時金は八四一万五三二二円であり、これが退職年金規程一〇条所定の退職年金一時払金に相当する。

したがって、退職給与金一三六二万九〇〇〇円から右八四一万五三二二円を差し引いた残額である五二一万三六七八円が退職時に支給される一時金となる。

被告は、原告渡邉に対し、退職時に一時金五二一万三六七八円を支給した。八四一万五三二二円は全国商工会議所職員退職共済制度に基づく年金として支給される。

7(一)  被告は、原告山崎に対し、平成四年八月五日、その定年退職に当たって、「退職給与金として金九五〇万九二二六円を給する」との給与辞令(〈証拠略〉)を発した。この給与辞令に記載された金額は、次のとおり、給与規程一四条所定の退職一時金と退職年金規程一〇条所定の退職年金一時払金を合算し、勤続二〇年以上の者に対する特別功労金の加算をした金額から一体化差額を差し引きして、一〇〇〇円未満を切り上げて算出した金額八一四万円と、原告山崎が全国商工会議所職員退職共済制度に基づく年金を選択したことによる全国商工会議所役職員退職年金共済制度規約(〈証拠略〉)三三条の二所定の退職年金選択一時金(退職年金一時払金相当額)九五〇万九二二六円とを比較し、後者の方が大きいので、後者によったものである(〈証拠略〉)。

(1) 退職一時金 五一二万七〇八四円

原告山崎の退職時の俸給月額三二万七四〇〇円の六割に、同原告の勤続年数三一年二箇月に対応する退職一時金乗率の上限値一〇〇〇分の八七を乗じ、これにさらに勤続月数の上限三〇〇箇月を乗じて算出した金額である。

(2) 退職年金一時払金 八四八万四〇〇〇円

原告山崎の退職前五年間の七月の本俸の平均に基づいて求めた一二万五〇〇〇円が平均標準給与月額に当たるものとし、これに一二を乗じて求めた平均標準給与年額に、原告山崎の退職時の年齢六五歳に対応する年齢別乗率九・四二六七と退職年金加入期間三一年(被告は原告山崎の勤続年数の一年未満の端数月を切り捨てて加入期間を三一年としたが、原告渡邉の場合と同様、退職年金規程三四条によれば三二年となる。ただし、退職年金規程別表1は加入期間三一年以上を一律に〇・六〇〇と定めているので、以下の数値に変更を来さない。)に対応する加入期間別乗率〇・六〇〇とを掛け合わせて得た数値の小数点四位以下の端数を四捨五入した算出乗率五・六五六を乗じて算出した金額である。

(3) 特別功労金 六八万〇五五五円

原告山崎の場合、退職一時金と退職年金一時払金の合計額の五パーセントに相当する金額が加算された。

(4) 一体化差額 六一五万一九六七円

3(三)のとおりの方法で算出された金額である。

(二)  原告山崎に対する前記の退職給与金九五〇万九二二六円は、給与辞令上の金額であり、支給の原資を示すものであって、実際の退職金の支給はすべて全国商工会議所職員退職共済制度に基づく年金によって行われる。

8(一)  被告は、原告江藤に対し、平成六年三月一八日、その定年退職に当たって、「退職給与金として金九二八万七〇〇〇円を給する」との給与辞令(〈証拠略〉)を発した。この給与辞令に記載された金額は、次のとおり、給与規程一四条所定の退職一時金と退職年金規程一〇条所定の退職年金一時払金を合算し、勤続二〇年以上の者に対する特別功労金の加算をした金額から一体化差額を差し引きして、一〇〇〇円未満を切り上げて算出した金額である(〈証拠略〉)。

(1) 退職一時金 四九一万二五四二円

原告江藤の退職時の俸給月額三一万三七〇〇円の六割に、同原告の勤続年数二八年六箇月に対応する退職一時金乗率の上限値一〇〇〇分の八七を乗じ、これにさらに勤続月数の上限三〇〇箇月を乗じて算出した金額である。

(2) 退職年金一時払金 七二七万九七四〇円

原告江藤の退職前五年間の七月の本俸の平均に基づいて求めた一一万七〇〇〇円が平均標準給与月額に当たるものとし、これに一二を乗じて求めた平均標準給与年額に、原告江藤の退職時の年齢六五歳に対応する年齢別乗率九・四二六七と退職年金加入期間二九年に対応する加入期間別乗率〇・五五〇とを掛け合わせて得た数値の小数点四位以下の端数を四捨五入した算出乗率五・一八五を乗じて算出した金額である。

(3) 特別功労金 三六万五七六九円

原告江藤の場合、退職一時金と退職年金一時払金の合計額の三パーセントに相当する金額が加算された。

(4) 一体化差額 三二七万一三二五円

3(三)のとおりの方法で算出された金額である。

(二)  原告江藤に対する前記の退職給与金九二八万七〇〇〇円は、給与辞令上の金額であり、支給の原資を示すものであって、実際の退職金の支給は原告江藤の選択した全国商工会議所職員退職共済制度に基づく年金によってすべて行われる。全国商工会議所役職員退職年金共済制度規約(〈証拠略〉)三三条の二所定の退職年金選択一時金(退職年金一時払金相当額)は九六一万六一八〇円である。

なお、原告江藤に対する給与辞令上の金額の決定は、原告山崎の場合のように退職年金選択一時金の金額によっておらず、この点で両者の取扱いは異なっている。

二  争点

1  各原告に対する退職年金規程に基づく退職年金一時払金は、「俸給」を基準として算定すべきか、「本俸」を基準として算定すべきか。

(一) 一体化確認書にいう「職員の現行規定」の意義(解釈)

労働協約の効力を有する一体化確認書1、(5)(「六二年度を目途に新退職金制度を検討・実施する。それまでに退職する者については、職員の現行規定を準用する。」)は、経営指導員に対しても、普通職員に適用される給与規程と退職年金規程を準用して退職給与金を算定することとしており、退職年金規程三二条一項も準用されるが、普通職員に適用される退職年金規程三二条一項の実際の規定内容がその文言とは異なるとすれば、一体化確認書1、(5)により準用される「職員の現行規定」とは、退職年金規程三二条一項が標準給与月額につき「俸給月額」を基準とする旨定める、その文言どおりの規定を指すか(すなわち、一体化確認書自体が組合員に対する退職年金一時払金の算定方法につき俸給を基準として算定すべき旨を規定しているのか)。それとも、実際の規定内容を指すか(すなわち、一体化確認書はそれ自体で退職年金一時払金の算定方法につき規定しているわけではなく、普通職員に適用される退職年金規程の該当規定の実際をそのまま準用することを定めているのか)。

(二) 退職年金規程三二条一項にいう「俸給月額」の意義(解釈)

退職年金規程三二条一項(「この規程において、標準給与月額とは、会議所の給与規則による毎年七月一日現在の俸給月額(中略)につき、五〇〇円未満の端数は切捨て、五〇〇円以上一〇〇〇円未満の端数は一〇〇〇円に切上げた金額をいう。」)にいう「俸給月額」とは、文字どおりの意味か。それとも、「俸給月額」は誤記であり、「本俸」を意味すると解すべきか。

2  仮に、各原告に対する退職年金は「本俸」を基準として算定すべきであるとすれば、各原告に対する退職年金一時払金算定の基礎となるのは、一体化に際し被告が退職年金規程の標準給与月額算定の基礎として別途算定した「本俸」か。それとも各原告の第一本俸か。

第三当事者の主張

一  請求の原因

1  争いのない事実等1、4及び6から8までのとおり。

2(一)  各原告の退職給与金は、給与規程一四条所定の退職一時金と退職年金規程一〇条所定の退職年金一時払金を合算し、勤続二〇年以上の者に対する特別功労金の加算と六〇歳定年選択による割増をした金額から一体化差額を差し引きして、一〇〇〇円未満を切り上げて算出される。

(二)  原告らは、いずれも全国商工会議所職員退職共済制度に基づく年金を選択したので、全国商工会議所役職員退職年金共済制度規約(〈証拠略〉)三三条の二所定の退職年金選択一時金(退職年金規程一〇条所定の退職年金一時払金に相当する。)を各原告の退職給与金から控除した金額が、各原告が被告から支給されるべき退職一時金である。

3  被告は、争いのない事実等6から8までのとおりに各原告の退職給与金を算定し、処理したが、これは、被告が、退職年金一時払金算定の基礎となる標準給与月額について、退職年金規程三二条一項の定める「俸給月額」という文言と異なり、「本俸」を基準として算定したためである。しかし、標準給与月額は、退職年金規程三二条一項の文言どおり、「俸給月額」を基準とすべきであり、各原告について正しく算定した退職給与金及びこれに基づいて各原告が被告から支給されるべき退職一時金は、別紙計算書1から3〈略〉までのとおりである。

4  3のとおりに解すべき根拠は次のとおりである。

(一) 労働協約の効力を有する一体化確認書1、(5)は、組合員に対する退職年金一時払金の算定方法につき俸給を基準として算定すべき旨を規定している。

(二) 退職年金規程三二条一項は、退職年金一時払金算定の基礎となる標準給与月額について、その文言どおり「俸給月額」を基準として定めている。

5  よって、各原告は、被告に対し、「第一 請求」のとおり、各金員の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、退職年金一時払金算定の基礎となる標準給与月額について「俸給月額」を基準とすべきこと、各原告について正しく算定した退職給与金及びこれに基づいて各原告が被告から支給されるべき退職一時金が別紙計算書1から3までのとおりであることは、いずれも否認する。

4  同4(一)及び(二)の事実はいずれも否認する。この点に関する被告の主張は後記三のとおりである。

5  同5は争う。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1(一)について

(原告らの主張)

(一) 一体化確認書1、(5)の「職員の現行規定を準用する。」という規定は、給与規程と退職年金規程の該当部分を経営指導員に対してもそのまま適用することを一義的に明らかにしている。

被告の主張は、一体化確認書を取り交わすに当たり、普通職員に実施していた運用実態を経営指導員にも適用するつもりであったというものであり、内心の効果意思と表示行為とが食い違っていたが、被告自身そのことに気が付いていなかったことを前提とするものである。

経営指導員組合は、一体化確認書1、(5)の「職員の現行規定を準用する。」という規定を文言どおりの意味に理解したのであり、普通職員の退職年金の算定につき退職年金規程の文言とは異なる取扱いがされていることなど知る由もなかったのであるから、そのような取扱いをそのまま受け入れるという趣旨に理解していたわけではない。

経営指導員組合は、必ずしも退職年金規程に通暁しておらず、その内容を熟知した上で一体化確認書を取り交わしたわけではないが、「職員の現行規定を準用する。」という規定の文言を認識して表示行為を行い、これに対応する包括的な効果意思を有していたのであるから、退職年金規程の規定の詳細まで具体的に認識している必要はなく、退職年金規程三二条一項にいう「俸給月額」につき文字どおりの意味に解釈すべきことを否定する理由はない。

被告は、一体化確認書を取り交わす前に経営指導員らに対して普通職員に適用されている就業規則を配布しておらず、普通職員の待遇、とりわけ退職金制度の概要を説明したこともなく、まして退職年金規程の実際の運用を説明したことはないから、経営指導員組合が退職年金規程の具体的な文言を知らないままに一体化確認書を取り交わしたことを理由として、経営指導員らに「俸給」を基準として退職年金の支給を受けることへの現実的な期待がなかったとして、「本俸」を基準として退職年金を算定、支給すれば足りるというのは、信義誠実の原則に反する。

(被告の主張)

一体化確認書1、(5)が「職員の現行規定を準用する。」と規定していることにより、経営指導員であった原告らに準用される退職年金規程は、現に普通職員に適用されている実際の規定内容にほかならない。すなわち、一体化確認書1、(5)の右規定は、現に普通職員に適用されている退職年金規程三二条一項の実際の規定内容を指しており、経営指導員であった職員についてだけ右と異なり、同項の文言どおりの内容を適用することを定めているものではない。後記のとおり、被告と普通職員との間では、退職年金規程三二条一項にいう「俸給月額」とは「本俸」と理解されて適用されていたのであるから、経営指導員であった原告らにも同じ規定内容が適用されることになる。

2  争点1(二)について

(被告の主張)

(一) 退職年金規程三二条一項の文言上は標準給与月額につき「俸給月額」を基準とすることとされているが、これは、「本俸」と定めるべきところを誤って「俸給月額」と定めたものである。退職年金算定の基礎となる標準給与月額決定の基準は「本俸」であって、「俸給月額」ではない。

被告は、昭和三八年七月に退職年金規程を定めて以来、一貫して「本俸」を基礎として退職年金を算定し、従業員に支給してきた。

(二) 「本俸」とは、昭和六〇年四月一日に「俸給」を「第一本俸」と「第二本俸」の合計額とするという現行の給与規程(〈証拠略〉)四条に改正される前の「俸給」の構成要素として定められていたもので、「本俸」と「調整手当」の合計額が「俸給」であった。昭和六〇年四月一日に給与規程が改正された後は退職年金算定の基礎額として各自の本俸を定めている。

原告らについて退職年金一時払金算定の基礎となる平均標準給与月額決定の基準としたのは、いずれも原告らの「本俸」である。

(三) 退職年金規程は昭和三八年七月に制定、実施されたが、退職年金の導入に当たっては、退職年金基金について安田信託銀行と信託契約を締結し、退職年金基金の管理、運用及び支給事務を委託した。信託契約が定型的にされるものであるため、退職年金規程の制定も、実際には被告が規程の条項を検討、整備したものではなく、安田信託銀行の提案した条項を採用して行われた。安田信託銀行が作成した条項案に「俸給」、「本俸」の文言の使用に錯誤があったが、右のような事情からそのまま採用してしまったため、退職年金規程の制定時から錯誤が生じてしまったものと推測される。

「本俸」と表示されずに「俸給」と表示されているのが錯誤によるものであることは、「俸給」を「本俸」と「調整手当」に分割する賃金制度導入が、「俸給」全額を退職一時金及び退職年金算定の基礎とするのではなく、「俸給」中の「本俸」部分のみを退職年金算定の基礎としようとする意図によって行われたものであることからも明らかである。

退職年金規程制定後、各職員の退職年金算定や退職給与金の給与辞令の作成のための計算事務は、それぞれ計算書の書式等、事務取扱いの資料に基づいて行われており、個々に退職年金規程を確認する機会がなかったため、長期間にわたって退職年金規程中の錯誤が看過されてしまった。

職員に対しては、「本俸」が退職年金算定の基礎となることを周知しており、「俸給」を基礎とする計算ではないことについて異議を述べる者はなかった。

職員に対しては、給与規則に附属する「給与表について」と題する規程(〈証拠略〉)により、「俸給」が「本俸」と「調整手当」とから成るものであることを明らかにしていた。なお、被告は、昭和四八年一一月一日に給与表の全面改正と給与規則の一部改正を行い、「本俸」と「調整手当」の割合を変更し、同年一〇月三一日現在の各人の「俸給」(「本俸」と「調整手当」の合計額)の六割を新給与表の同一等級の直近上位の級号にランクし、新本俸としたが、その際も、退職年金は従来どおり「本俸」のみを、退職一時金は本俸の額に関係なく「俸給」の六割を基礎額として算定することを職員に周知した(〈証拠略〉)。

この誤記によって職員の退職年金制度に対する信頼が損なわれる事態が生じたことはない。

(四) 被告の職員及び東京商工会議所職員組合(以下「職員組合」という。)は退職年金が本俸によって算定されることを認識していた。

被告において、「本俸」は「給与表」によって級・号ごとに定められているが、毎年の賃上げの際にいわゆるベースアップが実施されても、本俸を定めた給与表が書き替えられることはなく、ベースアップ部分はすべて調整手当に算入される方式となっていた。そのため、次第に俸給の中に占める本俸の割合が低下し、ベースアップによって俸給の月額が上昇しても、本俸によって算定される退職年金は上昇しないという問題が生じていた。

職員組合は、昭和四七年ころから退職金との関連において給与表の改訂の検討に取り組み、昭和四八年一一月ころ、給与表の改訂に際しての留意点として、「退職年金が現行のままの場合、所定労働時間内賃金に占める退職金算定基礎額の割合を即座に五五パーセント以上にすること」、「今後の賃金引き上げ(ベースアップ+定期昇給)に際しても、所定労働時間内賃金に占める退職金算定基礎額の割合が五五パーセント以上を維持するよう配分すること」を指摘した(〈証拠略〉)。

被告は職員組合と合意の上、昭和四八年一一月一日に給与表の全面改正を行ったが、職員組合は、組合員に対し、同月二一日付けの組合情報をもって、右合意事項に関し、「給与表を改正し、現在の本俸と調整手当の合計額の六割を改訂後の新本俸とし、残りの部分(四割)を調整手当とする。」、「退職給与のうち退職年金は改訂後の本俸を算定基礎として計算する。」、「退職給与のうち退職一時金は、従来本俸が算定基礎となっていたが、今後は本俸と調整手当との合計額の六割を算定基礎とする。」等を報告した(〈証拠略〉)。

職員組合は、俸給のうちの本俸(給与表に表示されている金額)が退職年金の算定基礎額になることを十分に認識していたため、春闘の都度、俸給改定だけでなく、本俸の改定を要求していた(〈証拠略〉)。

(五) 退職年金の計算の基礎が「俸給」ではなく、「本俸」であることは、原告らに対しても周知していた。被告が経営指導員労働組合の要求に基づいて賃金委員に対して昭和六二年一一月二六日に行った一体化に伴う退職金説明会では、当時の組合委員長であった原告江藤を具体例に採って退職金の計算を示したが、その資料の中で退職年金の標準給与月額を算出して、本俸が計算基礎となることを明示していた(〈証拠略〉)。また、「東証の退職金について」という被告の説明資料(〈証拠略〉)においても、退職年金月額計算の基礎となる標準給与月額が過去五年間の本俸の平均額であることを明示している。

(原告らの主張)

(一) 退職年金規程三二条一項は標準給与月額につき「俸給月額」を基準として決定する旨定めており、その文言の意味は一義的に明確であり、他の意味に解釈される余地はない。

昭和三八年当時の給与規則は「本俸」という概念を用いておらず、退職年金規程だけに「本俸」という概念を用いる合理的理由も根拠もない。

「本俸」と記載すべきところを誤って「俸給」と記載したという被告の主張には何の根拠もなく、単純な「誤記」であるという被告の主張には理由がない。

(二) 昭和三八年に退職年金規程が就業規則の一部を構成するものとして作成された時点で、被告は、成案化、活字化するに当たり、当該条項の文言を繰り返しチェックしたであろうことは想像に難くない。これが単なる誤植にすぎないのであれば、被告には、そのことを立証する適当な証拠(例えば、職員組合に意見聴取した際の条項案、労働基準監督署に就業規則の変更を届け出た際の関係書類等)が多数存在するはずであるのに、そのような証拠は提出されていない。

しかも、被告は、昭和三九年一二月と昭和五六年四月の二度にわたり、退職年金規程のうち、標準報酬月額に関する規定を改定している。とりわけ、昭和三九年一二月の改定の際には、附則三項が「(前略)第三二条にかかわらずこの規程実施の標準給与月額による。」と規定しており、正に問題の退職年金規程三二条が改訂の対象となっていたのであるから、真に誤記があったのであれば、被告は、遅くともこの時点で誤記に気付かなければならなかった。しかし、実際には、被告は、退職年金規程三二条の「俸給」という記載をそのまま残した。このことは、右記載が単なる誤記ではないことを物語っている。

(三) 被告は、誤記であると主張しながら、原告らの求釈明の申立てにかかわらず、誤記を発見した時期、経過を具体的に明らかにしていない。この点に関する(人証略)の証言は信用できない。

被告が昭和三八年に退職年金規程を作成しながら、その後二〇年以上もの間、被告の人事担当者らがいずれも三二条の文言を一度も確認したことがないというのは、明らかに経験則に反する。

誤記である旨の被告の主張を前提としても、被告は、その「誤記」を熟知しながら、あえて「本俸」を基準として退職年金の算定を行ってきたにすぎず、被告にはこれを放置し続けた重大な過失があることが明白である。

(四) 「俸給」や「本俸」という用語は、「給与」や「手当」等の用語と異なり、それ自体として日常一般的に用いられる用語ではない。「俸給」と「本俸」という用語の表記及び語感は極めて類似しており、その異同は字句そのものからは明らかではない。したがって、両者の概念の相違が周知されていたとは到底考えられない。

また、被告は、退職者に退職金支給手続を行う際に退職給与金計算書を交付しない取扱いとしていたのであるから、多くの退職者は、自分に対する退職金の算定を検証することは不可能であり、異議を申し立てることはできなかった。したがって、「俸給」を基礎とする計算ではないことについて異議を述べる者はなかった旨の被告の主張は、その前提を欠くものである。

さらに、職員組合は、退職年金規程三二条の文言が「本俸」ではなく「俸給」であることを認識していたわけではないから、文言の相違にかかわらず、「本俸」を退職年金算定の基礎とすることを了解していたわけではない。退職年金規程三二条の文言が、被告の主張するような運用実態によって、その客観的意味を変容させたものと言うことはできないし、労働協約としての規範的効力によって退職年金規程三二条の規定内容が変更されたと言うこともできない。

3  争点2について

(被告の主張)

(一) 一体化に伴い、経営指導員についても退職年金規程が準用されることになったため、「本俸」の金額を定める必要が生じた。経営指導員は、個別の条件によって俸給が調整されて決定されたため、従来の給与表に当てはめることは不可能であった。そこで、昭和六〇年三月末日の時点で普通職員の俸給に占める本俸と調整手当の割合を算出し、その割合を昭和六〇年三月末日時点での経営指導員の給与に乗じて一体化時点での本俸の金額を算定した。

(二) 原告らの昭和六〇年四月一日時点での「本俸」は次のとおりとなり、これらの金額が退職年金算定の基礎となる標準報酬月額の基礎額となった。

(1) 原告渡邉 一二万一〇〇〇円

(2) 原告山崎 一二万四七〇〇円

(3) 原告江藤 一一万六九〇〇円

(原告らの主張)

退職年金規程三三条は、加入者の資格を喪失した月及び当該資格を喪失した月から起算し、引き続く過去四回の応答月の各標準給与月額の平均額を退職年金一時払金算定の基礎としているから、退職した年を含めて過去五年間分の標準給与月額の平均を求めなければならない。したがって、各原告に対する退職年金一時払金算定の基礎となるのは各原告の第一本俸となるはずである。

被告は、ここで「仮の本俸」を持ち出すのであるが、何ら法的根拠のない恣意的な取扱いである。

第三(ママ)争点に対する判断

一  労働協約としての一体化確認書に基づく請求について

1  一体化確認書が労働協約としての効力を有することは既に述べたとおりである。その有効期間が定められたことについてはこれを認めるに足りる証がなく、弁論の全趣旨によれば、原告らのうち最後に退職した原告江藤の退職日である平成六年三月一八日まで有効期間の定めのない労働協約として効力が存続していたものと解することができる。

原告渡邉及び原告江藤は、退職当時、東京商工会議所経営指導員労働組合の組合員であったから、一体化確認書が組合員に対する退職年金一時払金の算定につき「俸給」を基準として算定すべき旨規定しているとすれば、その規範的効力に基づき、右のとおり退職年金一時払金が算定されるべきことを主張して本件各請求をすることができることになる。

これに対し、原告山崎は、退職当時非組合員であったから、一体化確認書の規範的効力に基づく請求をすることができないし、その一般的拘束力(労働組合法一七条)の要件を充足する事実を何ら主張立証しない。

よって、原告山崎の労働協約としての一体化確認書に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  争点1(一)について

争いのない事実等に、(証拠・人証略)、原告江藤哲夫本人尋問の結果を併せて考えれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告の従業員には経営指導員と普通職員とがあり、適用される就業規則、給与規則が異なり、労働条件が異なっていた(東京商工会議所就業規則(〈証拠略〉)二条一項、三項)。経営指導員には東京商工会議所経営指導員就業規則(〈証拠略〉)及び経営指導員給与規則(〈証拠略〉)が適用され、経営指導員の退職金は、被告が財団法人全国商工会議所共済会と退職年金共済契約を締結し、納付すべき掛金を全額負担し、この退職年金共済契約に基づく給付金をもって経営指導員に対する退職金に充てることとされていた(東京商工会議所経営指導員就業規則二二条、経営指導員給与規則一四条)。

(二) 被告は、昭和六〇年四月一日をもって普通職員と経営指導員の身分及び労働条件の一体化を行った。経営指導員にとっては、俸給の増額調整、六五歳定年制から六〇歳定年又は六五歳定年のいずれか一方を選択する制度への移行、新退職金制度の導入及びそれまでの間普通職員の「現行規定を準用する」暫定的な制度への移行等を内容とするものであった。被告は、同年二月から三月にかけて、経営指導員に対し、右一体化に関する説明会を行った。東京商工会議所経営指導員労働組合執行部は、同年二月ころ、臨時大会を開いて右一体化に関する被告の提案を受け入れるべきか否かについて議決を行った。経営指導員のうち高齢者層は、定年制の変更に関心が集中し、従前は六五歳定年が保障されていたのに、被告の提案する一体化方策によると、六〇歳定年又は六五歳定年のいずれか一方を選択することになり、六五歳定年を選択すると六〇歳到達後の俸給が減額されることになることから、被告の提案に反対し、これに賛成する若年層との間で票決が行われたが、賛成票が多数を占め、被告の提案を受け入れる基本方針が決定された。以後東京商工会議所経営指導員労働組合と被告との間で一体化に関する交渉が一気に進展し、昭和六〇年五月一五日、一体化確認書(〈証拠略〉)が取り交わされるに至った。

(三) 一体化確認書(〈証拠略〉)により、昭和「六二年度を目途に新退職金制度を検討・実施する」が、経営指導員で新退職金制度の実施までに退職する者については、普通職員に適用される「現行規程を準用する」ことが合意された(一体化確認書1、(5))。

(四) 従前経営指導員の退職金は全国商工会議所職員退職共済制度によって賄われていたが、被告は、昭和六〇年四月一日の一体化後もこの制度から脱退したわけではなく、同日以降も引き続き共済会に掛金を払い込んでいる。経営指導員であった職員で全国商工会議所職員退職共済制度の適用を希望する者については、同共済制度に基づく年金を選択することが可能となる制度とされている。

3  右各事実によれば、被告は、一体化に当たり、退職金制度については、暫定的であるにしても新規の制度を導入するという手法を採らず、新退職金制度の検討、実施までは、取りあえず普通職員に適用されている退職金制度によって賄うこととし、経営指導員であった者に対する退職給与金の支給もこの退職金制度によって行うこととし、一体化確認書の案文にこの内容を盛り込み、東京商工会議所経営指導員労働組合との間で右の内容どおりの一体化確認書を取り交わしたものということができる。

原告らは、一体化確認書1、(5)の「職員の現行規定を準用する。」という規定は、給与規程と退職年金規程の該当部分を経営指導員に対してもそのまま適用することを一義的に明らかにしていること、経営指導員組合は、一体化確認書1、(5)の「職員の現行規定を準用する。」という規定を文言どおりの意味に理解したのであり、普通職員の退職年金の算定につき退職年金規程の文言とは異なる取扱いがされていることなど知る由もなく、そのような取扱いをそのまま受け入れるという趣旨に理解していたわけではないこと等を主張するが、一体化の目的は普通職員と経営指導員の身分及び労働条件を統一することにあったということができ、このような一体化の目的に照らして一体化確認書の該当箇所を解釈すれば、右に述べたとおり、一体化に当たり、退職金制度については、暫定的であるにしても新規の制度を導入するという手法を採らず、新退職金制度の検討、実施までは、取りあえず普通職員に適用されている退職金制度によって賄うこととし、経営指導員であった者に対する退職給与金の支給もこの退職金制度によって行うこととし、一体化確認書の案文にこの内容を盛り込み、東京商工会議所経営指導員労働組合との間で右の内容どおりの一体化確認書を取り交わしたものと解するのが相当である。

また、原告らは、被告は、一体化確認書を取り交わす前に経営指導員らに対して普通職員に適用されている就業規則を配布しておらず、普通職員の待遇、とりわけ退職金制度の概要を説明したこともなく、まして退職年金規程の実際の運用を説明したことはないから、経営指導員組合が退職年金規程の具体的な文言を知らないままに一体化確認書を取り交わしたことを理由として、経営指導員らに「俸給」を基準として退職年金の支給を受けることへの現実的な期待がなかったとして、「本俸」を基準として退職年金を算定、支給すれば足りるというのは、信義誠実の原則に反すると主張するが、被告と経営指導員組合とが、一体化に当たり、退職金制度については、暫定的であるにしても新規の制度を導入するという手法を採らず、新退職金制度の検討、実施までは、取りあえず普通職員に適用されている退職金制度によって賄うこととし、経営指導員であった者に対する退職給与金の支給もこの退職金制度によって行うことを合意したと認めることができることは前記のとおりであり、原告ら主張のような事実が存在するとしても、これが信義誠実の原則に反する結果をもたらすとは言えない。

原告らの主張は理由がない。

二  争点1(二)について

1  昭和三八年七月一日ころの被告の事務局員の給与及び退職給与金について

(一) 争いのない事実等に、(証拠・人証略)を併せて考えれば、次の事実を認めることができる。

(1) 昭和三八年七月一日ころの被告の事務局員の給与について

昭和三八年七月一日に制定された給与規則(〈証拠略〉)は、被告の事務局員の給与について、「局員に支払われる給与は、俸給および手当、特別給与金とする。」と定め(二条)、手当として、技能手当、扶養手当、通勤手当、現物手当、宿直手当、時間外手当、特別手当及び慶弔金を定めていた(五条)。

このように、当初の給与規則(〈証拠略〉)には「本俸」と「調整手当」とについての規定がなく、「俸給」が「本俸」と「調整手当」とから成るものであることが明示されていなかったが、被告は、昭和三七年当時から、普通職員に対して「俸給」を「本俸」と「調整手当」とに区別して支給しており(〈証拠・人証略〉)、もちろん、右給与規則制定後もこの取扱いを変更せず、普通職員に対しては、給与規則に付属する「給与表について」と題する文書(〈証拠略〉)により、「俸給」が「本俸」と「調整手当」とから成るものであることを明らかにしていた(〈人証略〉)。

(2) 昭和三八年七月一日ころの被告の事務局員の退職給与金について

前記給与規則(昭和三八年七月一日制定、〈証拠略〉)は、被告の事務局員の退職給与金について次のとおり定めていた。すなわち、被告の事務局員に支給される退職給与金は、退職一時金と退職年金規程に基づく退職年金等(退職年金、脱退一時金、遺族年金及び遺族一時金)の二種類とされ(一七条)、退職一時金は、「最終の俸給(手当を除く)」に所定の率を乗じ、これに勤続月数を乗じた額を支給することとされていた(一八条)。

また、昭和三八年七月一日には、右給与規則を受けて退職年金規程(〈証拠略〉)も制定されており、同規程によれば、退職年金の月額は、(平均標準給与月額)×(乗率)により計算される金額とすることとされ(九条)、「平均標準給与月額」の基礎となる「標準給与月額」とは、被告の「給与規則による毎年七月一日現在の俸給月額(中略)につき、五〇〇円未満の端数は切捨て、五〇〇円以上一〇〇〇円未満の端数は一〇〇〇円に切上げた金額をいう」こととされていた(三二条)。

運用の実際を見ると、被告は、右給与規則及び退職年金規程の制定当初から、退職一時金の算定につき、最終の俸給から調整手当を除いた額、すなわち、本俸を算定の基礎とし、退職年金の算定についても、本俸を算定の基礎としてきた(〈証拠・人証略〉)。

(二) (一)の各事実によれば、当初の給与規則(〈証拠略〉)には本俸と調整手当についての規定がなく、俸給が本俸と調整手当とから成るものであることが明示されていなかったが、運用の実際を見ると、被告は、右給与規則及び退職年金規程の制定以前から俸給を本俸と調整手当とに区別して支給し、右給与規則及び退職年金規程の制定後も同様の取扱いをするとともに、退職一時金の算定については、最終の俸給から調整手当を除いた額、すなわち、本俸を算定の基礎とし、退職年金の算定についても、本俸を算定の基礎としてきたこと、右給与規則の一八条は、退職一時金の算定につき、「最終の俸給(手当を除く)」に所定の率を乗じ、これに勤続月数を乗じた額を支給することと規定していたが、他方、右給与規則の二条は、被告の事務局員の給与について、「局員に支払われる給与は、俸給および手当、特別給与金とする。」と規定しており、「俸給」と「手当」(技能手当、扶養手当、通勤手当、現物手当、宿直手当、時間外手当、特別手当及び慶弔金)とは別個のものであることを明示していたこと、以上のとおり認められるのであり、これらの事実に基づいて考えると、右給与規則一八条が、二条において「俸給」と「手当」とが別個のものであることが明らかにされているにもかかわらず、殊更、「最終の俸給(手当を除く)」と規定したのは、右給与規則一八条にいう手当が、技能手当、扶養手当、通勤手当、現物手当、宿直手当、時間外手当、特別手当及び慶弔金から成る手当とは異なる手当であることを意味していたものであり、被告が右給与規則制定以前から俸給を本俸と調整手当とに区別していたことからしても、俸給から調整手当を除いた額を退職一時金の算定の基礎とする趣旨であったと解されること、右給与規則と同日に制定された退職年金規程は、前記のとおり、「標準給与月額」とは、被告の「給与規則による毎年七月一日現在の俸給月額(中略)につき、五〇〇円未満の端数は切捨て、五〇〇円以上一〇〇〇円未満の端数は一〇〇〇円に切上げた金額をいう」ことと規定しているが、これは、本来、右給与規則一八条が「最終の俸給(手当を除く)」と規定しているのと同様の趣旨であったが、「俸給月額」の字句に「(手当を除く)」と付加することが失念されたものであるか、又は右給与規則一八条が右のとおり規定している内容をそのまま受ける趣旨で右のような付加文言を入れなかったものと考えられること、以上のとおり推認することができる。

2  昭和四八年一一月一日の給与表の全面改正と給与規則の一部改正について

(証拠・人証略)を併せて考えれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告は、昭和四八年一一月一日に給与表の全面改正と給与規則の一部改正を行い、本俸と調整手当の割合を変更し、同年一〇月三一日現在の各人の俸給(本俸と調整手当の合計額)の六割を新給与表の同一等級の直近上位の級号にランクして新本俸とし、給与規則(〈証拠略〉)上も「本俸」と「調整手当」の区別を明示した(一七条)が、その際も、退職年金は従来どおり本俸のみを算定の基礎とし、退職一時金は本俸の額に関係なく俸給の六割を基礎額として算定することを職員に周知した(〈証拠略〉)。

(二) 職員組合は、昭和四七年ころから退職金との関連において給与表の改定の検討に取り組み、昭和四八年一一月ころ、給与表の改定に際しての留意点として、「退職年金が現行のままの場合、所定労働時間内賃金に占める退職金算定基礎額の割合を即座に五五パーセント以上にすること」、「今後の賃金引き上げ(ベースアップ+定期昇給)に際しても、所定労働時間内賃金に占める退職金算定基礎額の割合が五五パーセント以上を維持するよう配分すること」を指摘した(〈証拠略〉)。

(三) 被告は職員組合と合意の上、昭和四八年一一月一日に給与表の全面改定を行ったが、職員組合は、組合員に対し、同月二一日付けの組合情報をもって、右合意事項に関し、「給与表を改訂し、現在の本俸と調整手当の合計額の六割を改訂後の新本俸とし、残りの部分(四割)を調整手当とする。」、「退職給与のうち退職年金は改訂後の本俸を算定基礎として計算する。」、「退職給与のうち退職一時金は、従来本俸が算定基礎となっていたが、今後は本俸と調整手当との合計額の六割を算定基礎とする。」等を報告した(〈証拠略〉)。

3  昭和六〇年四月一日の新給与表の作成、賃金形態の見直し等について

(証拠・人証略)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本俸は給与表によって級・号ごとに定められていたが、毎年の賃上げの際にいわゆるベースアップが実施されても、本俸を定めた給与表が書き替えられることはなく、ベースアップ部分はすべて調整手当に導入されており、昭和四八年に制定された給与表が昭和六〇年まで使用されていて、本俸が昇給するのは毎年四月一日付けで行われる定時昇給においてだけであったため、本俸の俸給の中に占める割合が次第に低下し、昭和五九年ころには俸給の三割程度となっていた。

職員組合は、被告に対し、昭和五九年三月二九日付け「昭和五九年度賃金等に関する要求」と題する文書(〈証拠略〉)をもって、同年度の賃金等労働条件の改善について要求したが、その中で、新給与表について、本俸と調整手当のバランスを見直すこと等を踏まえて素案を作成し、協議することを求めた。

(二) 被告は、昭和六〇年四月一日をもって普通職員と経営指導員の身分及び労働条件の一体化を行った際、新給与表を作成し、俸給調整を行ったほか、賃金形態の見直しを行い、本俸を第一本俸に、調整手当を第二本俸に名称を変更し、職員手当、経営指導員手当を廃止し、第二本俸に組み込む等の措置を執った。

被告は、経営指導員労働組合及び職員組合との間で、昭和「六二年度を目途に新退職金制度を検討・実施する」が、経営指導員で新退職金制度の実施までに退職する者については、普通職員に適用される「現行規程を準用する」ことをそれぞれ合意し、右各労働組合に対し、退職年金月額の算定基礎である標準給与月額を本俸から第一本俸に改め、乗率を変更すること等の新退職金制度案を提案したが、合意に至らなかった。被告は、新退職金制度の導入が遅れているため、経営指導員であった者についても、現在まで普通職員に適用される現行の規程、すなわち、給与規程と退職年金規程により退職金の支給を行っている。

4(一)  右1から3までの各事実によれば、退職年金規程三二条一項の文言上は「この規程において、標準給与月額とは、会議所の給与規則による毎年七月一日現在の俸給月額(中略)につき、五〇〇円未満の端数は切捨て、五〇〇円以上一〇〇〇円未満の端数は一〇〇〇円に切上げた金額をいう」こととされていたが、昭和三八年七月一日制定の給与規則一八条は俸給から調整手当を除いた額を退職一時金の算定の基礎とする趣旨であり、右給与規則と同日に制定された退職年金規程も、本来、右給与規則一八条と同様の趣旨であったが、「俸給月額」の字句に「(手当を除く)」と付加することが失念されたものであるか、又は右給与規則一八条が右のとおり規定している内容をそのまま受ける趣旨で右のような付加文言を入れなかったものであったこと、被告は、昭和三七年当時から、普通職員に対して俸給を本俸と調整手当とに区別して支給し、普通職員に対し、給与規則に付属する「給与表について」と題する文書(〈証拠略〉)により、俸給が本俸と調整手当とから成るものであることを明らかにし、普通職員に支給する退職給与金について本俸を算定の基礎としており、昭和四八年一一月一日に給与表の全面改正と給与規則の一部改正を行い、本俸と調整手当の割合を変更し、同年一〇月三一日現在の各人の俸給(本俸と調整手当の合計額)の六割を新給与表の同一等級の直近上位の級号にランクして新本俸とし、給与規則(〈証拠略〉)上も「本俸」と「調整手当」の区別を明示した(一七条)際も、退職年金は従来どおり本俸のみを算定の基礎とし、このことを普通職員に周知していたこと、以上のとおり認められるのであるから、被告は、退職年金規程三二条一項の前記文言にかかわらず、古くから、本俸を退職年金の算定の基礎とする意思を有しており、長年にわたってこの意思どおりに退職年金を算定し、運用してきたものということができる。

他方、前記各事実によれば、職員組合は、退職年金規程三二条一項の前記文言自体を知っていたとまでは言えないにしても、被告の右真意を認識し、これを受け入れてきたものということができ、このことに基づいて考えると、普通職員がおおむね同様に認識し、受け入れていたことを推認することができる。

(二)  そうすると、退職年金規程三二条一項の前記文言にかかわらず、退職年金規程を作成した被告だけでなく、その規律を受けるべき普通職員も、本俸を基礎として退職年金を算定することを認識し、これを受け入れてきたものということができる。すなわち、被告及び普通職員は、被告の就業規則(退職年金規程)上、本俸を基礎として退職年金を算定することが規定されているものと認識していたということができるから、退職年金規程三二条一項にいう「俸給月額」は、本来、右の一致した認識どおり、「(手当を除く)」という字句が付加され、「本俸」を意味することが明らかにされるべきであったが、過誤により、又はそのような付加がされなくても解釈上問題が生じることがないとの楽観的な判断によって、文言上それが明らかにされなかったものと解するのが相当である。

三  争点2について

1  争いのない事実等に、(証拠・人証略)を併せて考えれば、次の事実を認めることができる。

(一) 昭和六〇年四月一日の給与規程の改正により、事務局員には、別表第一に定める給与表による第一本俸と、別途定められる第二本俸の合計額を俸給として支給されることとなり、俸給中に占める第一本俸の割合は従前の本俸のそれよりも大きくなって、退職年金算定に当たり従前の本俸を単純に第一本俸で置き換えると、退職年金が過大となるため、乗率の変更が必要となる関係にあった。

一体化確認書は、昭和「六二年度を目途に新退職金制度を検討・実施する」が、経営指導員で新退職金制度の実施までに退職する者については、普通職員に適用される「現行規程を準用する」こととしており(一体化確認書1、(5))、その趣旨は、退職年金算定の基礎について、新退職金制度を検討・実施するまでの間、これを第一本俸に求めずに、従前の本俸とすることを含んでいた。

(二) 普通職員との身分及び労働条件の一体化に伴い、経営指導員についても退職年金規程が準用されることになったため、「本俸」の金額を定める必要が生じた。経営指導員は、個別の条件によって俸給が調整されて決定されたため、従来の給与表に当てはめることは不可能であった。そこで、被告は、昭和六〇年三月末日の時点で普通職員の俸給に占める本俸と調整手当の割合を算出し、その割合を昭和六〇年三月末日時点での経営指導員の給与に乗じて一体化時点での本俸の金額を算定した。

(三) 原告らの昭和六〇年四月一日時点での「本俸」は次のとおりとなり、これらの金額が退職年金算定の基礎となる標準報酬月額の基礎額となった。

(1) 原告渡邉 一二万一〇〇〇円

(2) 原告山崎 一二万四七〇〇円

(3) 原告江藤 一一万六九〇〇円

2  右各事実によれば、各原告に対する退職年金一時払金算定の基礎となるのは、一体化に際し被告が退職年金規程の標準給与月額算定の基礎として別途算定した本俸であると解するのが相当である。

四  原告渡邉の退職給与金の算定について

1  争いのない事実等4及び6(一)(2)に、(証拠・人証略)を併せて考えれば、被告が原告渡邉の退職年金一時払金を算出するに当たって、退職年金加入期間を二八年としたのは、退職年金規程三四条が、加入期間の計算につき、一年未満の端数月は、定年退職の場合及びこれに準ずる場合はこれを切り上げることとしていることからすれば誤りであり、原告渡邉の退職年金加入期間は二九年とし、これに対応する加入期間別乗率も〇・五二五ではなく、〇・五五とすることが正しいことが認められるから、このとおり訂正して原告渡邉の退職年金一時払金を算出すると、次のとおり、七五二万八一八四円となる。

9.4267×0.55=5.1847(小数点五位以下の端数を四捨五入)

121,000×12×5.1847=7,528,184(円未満四捨五入)

2  1に基づいて原告渡邉の退職給与金を算定し直すと、次のとおり一四〇六万九二六九円となる。

(7,457,292+7,528,184)×0.03=449,564(円未満四捨五入)

(7,457,292+7,528,184+449,564)×0.25=3,858,760

7,457,292+7,528,184+449,564+3,858,760-5,224,531=14,069,269

3  そうすると、原告渡邉は、一四〇六万九二六九円から全国商工会議所役職員退職年金共済制度規約(〈証拠略〉)三三条の二所定の退職年金選択一時金八四一万五三二二円(退職年金規程一〇条所定の退職年金一時払金相当額)を控除した残額である五六五万三九四七円を退職時に一時金として支給されるべきであったが、実際に支払を受けたのは五二一万三六七八円にとどまるから、原告渡邉の請求中右差額四四万〇二六九円の支払を求める部分は理由がある。

なお、原告渡邉は、給与規程二一条を根拠に、退職日から一週間経過後の平成二年九月一九日から遅延損害金の支払を請求しているが、給与規程二一条がそれ自体で退職金の支給に(類推)適用されるべきことを示しているとは言えないし、他に同条が退職金の支給に(類推)適用されるべきことを認めるに足りる証拠はない。原告渡邉は、予備的に、期限の定めのない債務であり請求により付遅滞に陥ることを主張する趣旨であると解することができるから、(証拠略)により、原告渡邉が内容証明郵便で退職金残額の支払を請求し、同内容証明郵便が被告に到達した日であると認められる平成五年一〇月六日の翌日である同月七日を遅延損害金の起算日とするのが相当である。

五  以上の次第であるから、原告渡邉の請求は、四四万〇二六九円及びこれに対する平成五年一〇月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、同原告のその余の請求は理由がないから棄却し、原告山崎及び原告江藤の請求は、いずれも理由がないから、棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙世三郎)

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